彼岸花の線を、木の中に残したくて
彼岸花を見ると、私はいつも少し立ち止まってしまいます。
赤い花、というよりも、まず線に目がいきます。
細くて、反っていて、どこか緊張していて、それなのにほどけるようでもある。
花びらやしべが外へ外へと向かっていく姿に、いつも不思議な引力があります。
秋の入口にだけ現れて、気づくとすっと消えていくところも、彼岸花らしいなと思います。
はっきりしているのに、長くは留まらない。そんな花です。

花を写すより、線の動きを追いたかった
最初から、彼岸花の形をそのまま作ろうとしていたわけではありませんでした。
むしろ頭の中にあったのは、くるりと回るような線でした。
輪のようでもあり、終わりなく続いていくようでもあり、そこから少しずつ花の気配が立ち上がってくる感じです。
彼岸花は、見た目の強さのわりに、形のとらえどころがむずかしい花だと思います。
だから輪郭を追うよりも、その花の中を流れている線のほうを見ていました。

少しずつ、花らしさが生まれていく
線を引いて、回して、重ねてみる。
そうしているうちに、抽象的だったものがだんだん彼岸花に近づいていきました。
彼岸花のきれいさは、整いすぎていないところにもある気がします。
しべが少しずつ違う角度へ伸びて、花びらが思い思いに反っていて、その自由さが、全体としては一つの強い形になっている。
その感じを壊さないまま、木の中で成立させるにはどうしたらいいか。
考える時間の多い花でした。



木になると、秋の空気が少し静かになる
完成して木になった彼岸花は、実物より少し静かでした。
赤ではなく木の色になるぶん、強い印象だけが残るのではなくて、線のやわらかさや、曲がり方の美しさのほうが前に出てきます。
それが、私にはちょうどよく感じられました。
咲いている花を見たときの鮮やかさとは少し違うけれど、季節の気配として手元に残るなら、こういう形なのかもしれないと思いました。

短い季節の花だからこそ
彼岸花は、見られる時期がとても短い花です。
だから毎年、今年も会えた、と思います。
その短い時間の印象を、花そのものではなく、線の記憶として残しておけたらいい。
今回はそんな気持ちで作りました。
秋のはじまりの少し張った空気が、この小さな木の中にも残っていたらうれしいです。
